無精子症…だからこそ見つめよう アゾ無精子症からパパ 愛のこと・夫婦のこと・子供のこと、そして「これから」のこと

妊娠に至るまで

無精子症でも条件が整えば
挙児に至る可能性があります

1992年、不妊治療の技術に革命が起こりました。
高倍率の顕微鏡で観察しながら、極めて細いガラスの針に1匹の精子を吸い込み、その針を卵子に直接刺して精子を送り込んで受精卵を作り新たな生命を生み出すことを目指す、という手法が報告されました1)
この方法は『顕微授精』と呼ばれ、それまでは絶対不妊と考えられてきた状態でも、(理論的には)1匹の精子が得られれば挙児を目指せる時代が到来したのです。

翌1993年には『無精子症』の方の精巣内から精子を回収し、その精巣内精子を用いた顕微授精での妊娠例が報告されました2)~3)
この方法は瞬く間に世界中に広まり、現在では一定レベルの生殖医療を提供するクリニックであれば実施可能となっています。

『無精子症』の患者さん全員が精巣内精子を回収できるわけではありませんが、精巣内精子が回収できさえすれば、自身の遺伝情報を有する子供が生まれてくる可能性が見えてくる時代である、というわけです。

「可能性」により新たな葛藤が生じています

「自分は精子が回収できるのだろうか?」 「回収できる保証もない手術を受けるべきなのか?」「精子が得られなかったらどうなってしまうのか」「生まれ来る子供に問題は起こらないのだろうか?」「妻はどう思っているのだろうか」・・・・
可能性があるからこそ、愛のこと・夫婦のこと・子供のこと、そして「これから」のこと、改めて見つめなおす必要が出てきます。

無精子症のご夫婦が挙児に至るまで

無精子症と診断されても可能性があるとお伝えしました。
では、治療の流れはどのようになるのでしょうか。フローでチェックしましょう。

夫:精巣内(または精巣上体)から精子回収を試みる →精子が回収された 妻 →採卵  →  顕微授精  →  胚移植 妊娠成立へ 精子が得られなかった ●非配偶者間人工授精(AID)? ●養子縁組? ●お子様を持たない選択?

まずは状況把握

診断(状況把握)

diagnosis

射出精液中に精子が1匹もいない状態を「無精子症」といいます。
しかしながらひとまとめに「無精子症」と言っても、そうなっている原因はさまざまです。
例えば、いわゆる「パイプカット」を受けた後も無精子症なわけですし、抗がん剤治療を受けた後に無精子となることもあります。
このように無精子となる原因はいくつもあるのですが、まずは大きく「閉塞性無精子症」か?「非閉塞性無精子症」か?という視点で診察を行っていきます。

無精子症

(Azoospermia)

閉塞性無精子症

(Obstructive Azoospermia;OA)

精巣内で精子は造られているものの、精子を出してくる路が詰まっている場合

  • 【代表例】パイプカット後、先天性精管欠損症
  • 【精子回収法】PESA、TESA、cTESE

非閉塞性無精子症

(Non-Obstructive Azoospermia;NOA)

精巣内で精子を造る能力が極めて低下しているか欠如している場合

  • 【代表例】抗がん剤治療後、染色体異常
  • 【精子回収法】MD-TESE

閉塞性無精子症

(Obstructive Azoospermia;OA)

いわゆる「パイプカット」の手術を受けた後の状態と同じです。
つまり、「精巣内で精子は作られている」けど「精子を出してくる路(精路)のどこかが詰まっている(閉塞している)」ので精子が出てこられずに無精子になっている場合です。
生まれながらに「精管」という精子を出してくる道が無い場合や、精巣上体炎の後遺症としてなっている場合、さらには小児期に受けた鼠径ヘルニア(いわゆる「脱腸」)の手術で気付かぬうちに精管を縛られてしまった場合などがあります。

精巣図

非閉塞性無精子症

(Non Obstructive Azoospermia;OA)

こちらは先ほどの例で言うと、抗がん剤治療を受けた後のパターンです。
つまり「精巣内で精子を造る能力が著しく低下している(または無い)」場合です。
「精路が詰まっているわけではない=閉塞性ではない」という意味で「非閉塞性」と呼ばれています。
生まれながらの状態によりなっている場合(先天性:染色体の状態やAZF遺伝子(後述)の欠失など)もあれば、生まれた時は問題のなかった精子を造る能力が何らかの理由により低下してしまった場合(後天性:抗がん剤の使用やいわゆる「おたふくかぜ」のウイルスよるもの、「精索静脈瘤」という精巣近くの血管が太すぎる状態を伴っているものなど)もありますが、原因がはっきりしない場合が最も多いです。

【非閉塞性無精子症~正常精液は連続病態】

※下記の表は横にスライドできます。

非閉塞性無精子症~正常精液は連続病態

「足が速いか?遅いか?」「背が高いか?低いか?」「髪が多いか?少ないか?」などのように個人個人には個性が存在します。
これらと同様に「精子を造るのが得意か?苦手か?」という風に造精機能にも個性が存在している、というわけです。

精子回収法の実際

(Sperm retrieval procedures)

精巣内精子回収法(TESE)は手術の難易度としては「特に技術を要さない手術」と表現されることもあるほどで4)、慣れた術者であれば決して難しいものではありません。

閉塞性無精子症の場合

閉塞部位より上流に行けば精子が造られているので、その精子を回収すればいいことになります。
この場合必ずしも精巣にこだわる必要はなく、精巣上体(という精巣に付着した部位)から「針を刺して」(経皮的精巣上体精子吸引法:PESA)回収が可能な場合もありますし、切開するのではなく、精巣に針を刺して(経皮的精巣内精子吸引法:TESA)回収できる場合もあります。

非閉塞性無精子症の場合

精子を造る能力が「著しく低下している」または「無い」のですが、言い換えれば「著しく低下している」場合は「精子は造られている」わけで、回収できる可能性があります。
一方で「無い」場合は回収不可能です。
非閉塞性無精子症の精巣内精子回収法は、手術用顕微鏡で拡大しながら精巣内にある精細管という組織を採取してくる方法(顕微鏡下精巣内精子回収法:MD-TESE)5)が採用され、これにより精子が回収できるケースは約30-40%程度となります。

顕微鏡下精巣内精子回収法:MD-TESE

精巣内はこのように細い管(「精細管」と呼びます)から成り立っています。
手術用の顕微鏡を用いながら特に太い精細管をピンポイントで取り出してきます。

閉塞性・非閉塞性の鑑別

大雑把にではありますが、精巣の大きさ(精巣容積)とFSHと呼ばれるホルモンの値で鑑別します。

※下記の表は横にスライドできます。

精路 造精機能 精巣容積 FSH*
閉塞性 閉塞 正常 造精機能は正常なため、
精巣容積も正常
造精機能が正常のため、
FSHは正常
非閉塞性 正常 低下 造精機能の低下により、
精巣容量も低下
造精機能の低下により、
FSH上昇

*精巣は自ら勝手に精子を造っているわけではなく、脳からの命令があって初めて精子を造ります。
脳からの命令は、脳下垂体という組織から分泌されるFSHというホルモンにより下されています。
閉塞性無精子症では正常に精子が作られていますので、FSH値も正常値になります。
非閉塞性無精子症では精子を造る能力が著しく低下している(または無い)ので、脳としてはより拍車をかけようとするので、FSH値は上昇することになります。

例外

このように閉塞性か?非閉塞性か?は「精巣容積」と「FSH」でほぼ鑑別できるのですが、非閉塞性無精子症の一種で、「精子を造る過程が途中までは行われているものの、そこでストップしてしまっている場合(「成熟停止」と呼ばれています)」は、精巣容積もそこそこで、FSHも正常となる場合があります。
なので、「精巣容積正常、FSH正常」で閉塞性無精子症だと思っていても、精子が回収できない場合が時々見られます。

染色体とAZF

染色体検査とAZF遺伝子検査
~本当に知りたいのか?知る必要があるのか?

非閉塞性無精子症の一因として、染色体が正常核型と異なっている場合や、Y染色体上にある「AZF遺伝子領域」と呼ばれる部分が欠けている(欠失)場合があることが知られていて、これらの検査を行うことを勧められることがあります。
検査の利点としてその原因が明らかとなる以外に、TESEを行っても精子回収が困難と考えられる場合があり、手術前にそうした状態であることが判明すれば「無駄なTESEを回避することができる(そもそも手術をしない)」とされています。

Y染色体

AZF欠失のイメージ
Y染色体上に存在するAZF領域のうち、a領域またはb領域が欠失していると、MD-TESEを行っても精子は回収できないと考えられています。

これらの検査は、結果によっては「無駄な手術を避けることができる」という利点があるのは間違いないところですが、逆に、時として己のアイデンティティーをも揺るがしかねないような大きな「精神的ストレス」となってしまうこともあるので、検査に対する十分な理解が必要です。

検査結果を知った患者様の

思いがけない染色体検査の結果だった例

「XX male」と呼ばれる状態があります。
染色体上は46,XX、つまり正常女性核型と同じですが外見上(表現型)は男性を呈する状態です。
多くは、本来Y染色体上に存在するSRYと呼ばれる精巣を形成するための遺伝子がX染色体上に転座することにより起こるとされています。
この場合TESEを行っても精子が回収できる見込みは無いので、確かに事前に知ることができれば「無駄なTESE」を回避できることになるわけです。

一方で、この検査結果を知ったご本人・奥様の心理的変化はどのようなものなのでしょうか。
確かに『無駄な手術』は回避できるのかも知れませんが、ご夫婦の心理的侵襲はいかばかりでしょうか。

「染色体検査を受けずにTESEを行った。結局精子は回収できなかった。」
という選択肢もあったのかも知れません。
生殖医学的には結果的に同じ状況になるわけですが、ご夫婦がこれからの人生を歩んでいくにはどちらが良かったのでしょうか?

夫がAZFc欠失と知ることにより不安が増してしまった例

あるご夫婦が訪ねてきてださったことがありました。
ご主人様が非閉塞性無精子症で、AZF遺伝子を調べたところ「AZFc欠失」が判明した、とのことです。
そこで担当の医師から
「AZFc欠失の場合、精子回収率が高いです。」
と「ポジティブに」言われたのが引っかかった、とのことでした。

確かにAZFc欠失の場合、MD-TESEによる精子回収率は高いのですが、将来生まれ来る子供が男児だと、そのAZFc欠失を受け継ぐことが知られています6)
ご夫婦は、生まれ来る子供の性別を選択することができない現在、この点が非常に不安である、とお話ししてくださいました。

「AZF遺伝子検査を行わずに(AZFの状況を知らないまま)MD-TESEを行い精子が回収できた。その精子を顕微授精に供し、挙児を目指す。」
という選択肢も提示されてしかるべきだったのかもしれません。

染色体検査やAZF遺伝子検査は「健康診断」のように安易に受けることは禁物です。

どのような結果がありうるのか?を十分承知した上で、「検査を受ける」「検査を受けない」「検査は受けるが、結果を知らされない(精子回収可能性があるのか無いのかだけを聞き、検査結果の詳細は知らされない)」など、様々な判断があってしかるべきです。

不妊治療の現場で思うこと

「夫婦一単位」で状況を把握する

こちらも実際に拝見させていただいたご夫婦です。
ご主人様が非閉塞性無精子症でMD-TESEを受けられて無事精子を回収することができた、しかしながらその後の顕微授精が一向に進まない、とのご相談でした。
奥様は42才で、拝見するとどうやら早期卵巣機能不全(いわゆる「閉経状態」)のようでした。

不妊治療の現場では
「奥様は産婦人科医が、ご主人様は泌尿器科医が」
といったように御夫婦を別々の医者が診療に当たる場合が多くあります。
各々の主治医が緊密にディスカッションし、カップル全体の状況をお互いが「手に取るように」把握しながら診療が行われていれば問題ないのですが、「夫を診ない産婦人科医、妻を診ない泌尿器科医」の状況で診療が行われていると、折角の生殖医療の発展の恩恵を享受し損ねてしまうことになりかねません。
やはり理想は「一人の医師がご夫婦双方を診療し、カップル単位で状況を把握し治療に当たること」だと思います。
目標は「精子を回収すること」ではなくあくまで「挙児に至ること」なのですから。

丁寧に、丁寧に

「無精子症」と診断されると、一気に様々なことに思いを巡らせる必要に駆られると思います。
TESEのこと、結果生まれ来るかも知れない子供のこと、挙児の可能性を絶たれるかも知れないこと、そして夫婦の形・家族の形。
さらには、現在医療で可能な検査・手術・治療がご自身のアイデンティティーに著しく干渉してくる可能性があります。
とことん知り、とことん治療するのも自由ですし、知らないまま治療を進めることを選択するのだって自由なわけですから。
そんな状況の中、自分が(夫婦が)最良の判断するためには、何の情報が必要で、何の情報は不要なのか、あるいは「知る必要がない」「知りたくない」のか。
ご夫婦の判断は本当に十人十色なものとなります。
また、ご夫婦でも判断が異なることもあります。

「無精子症」の診療はこんな感じで非常にデリケートで、十分に吟味しながら丁寧に丁寧に検査・治療を進めていく必要があります。
そんなご夫婦に、治療のパートナーとしてお選びいただけ、寄り添うご許可をいただけるのは、医療従事者冥利に尽きる出来事です。当院でよろしければ是非ご相談下さい。

当院では、男性不妊の方に不安な気持ちで長時間お待ちいただくのを極力避けるために、「早めの対応」が必要と考えております。
まずは「お問い合わせフォーム」より「男性不妊診療希望」と御明示いただき、お問い合わせください。 院長が直接お答えいたします。 

お問い合わせ

文献

  1. 1) Palermo G et al. Lancet 340: 17-18; 1992
  2. 2) Craft I et al. Lancet 342: 864; 1993
  3. 3) Schoysman R et al. Hum Reprod 8: 1339-1340; 1993 
  1. 4) 日比ら. 日生殖医会誌 61: 407; 2016
  2. 5) Schlegel PN. Hum Reprod 14: 131-135; 1999
  3. 6) Chang PL et al. Hum Reprod 14: 2689-2694; 1999

PAGE TOP